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ルーブル合意

1987年パリのルーブル宮殿で開催された先進7カ国財務大臣・中央銀行総裁会議で、再び各国が協調介入することが決まり、ルーブル合意と呼ばれました。1985年のプラザ合意から始まった過度なドル安の進行を防止し、為替レートの安定化を図るためです。
日本の内需拡大やアメリカの財政赤字圧縮などが合意され、為替相場についても、当面の水準に安定させる旨の声明を発表しました。しかし、合意のあともドル相場の下落は続きました。
原因は、不均衡な国際収支を大幅に是正するために、ドル相場のさらなる下落が必要と考えられたためでもあり、アメリカの株価が暴落しブラックマンデーが起こったこと、各国の協調が十分ではなかったなどがあげられます。
ドルは再び急落した後、クリスマス合意と呼ばれるG7の協調が再び確認されるまで、1ドル120円台の水準にまで到達しました。
日本では、ルーブル合意以降、円高による不況を危惧し、日本銀行は低金利政策を継続しました。その結果、企業が円高によるメリットを生かし、日本国内の景気は回復していきました。
しかしその後、低金利局面と金融機関による過剰な貸出が流動性を加速させ、不動産・株式などの資産価格が高騰し、いわゆるバブル景気が起こることとなりました